「うわっ、1時間でこれ作ったの?」・「あ、そう」
1日目は、あるひとつの宿題で締めくくられていた。「自分が作ったものを、この部屋の外の誰かに見せ、相手が何と言ったかを持ち帰ること」。火曜日のセッション――1時間の自由参加・リモート形式による質疑応答クリニック――は、アナンドが「誰かやってみた人はいるかい? どんな反応があった?」と問いかけるところから始まった。
トップバッターはKKだった。彼が1日目に作ったアプリはニュース要約アプリだ。課題で指定されていた「2人の学生に見せる」ことはできなかったため、代わりに両親に見せたという。
そのやり取りを聞いていたアナンドの反応も、最後に肩をすくめるところまでまったく同じだった。
「すごいね、なるほど、素晴らしいよ。ニュースの要約がものすごく素早く手に入る。それで……だから何? これで何をすればいいんだろう? 本当にこれを使うだろうか?」
―― KKの両親とまったく同じ反応を示すアナンド
これは、何ひとつ失敗が起きていないからこそ、極めて示唆に富む瞬間だ。アプリは動いた。デモは成功した。漫画のコマ通り、期待通りの「うわっ!」という驚きは訪れた――そして、あっけなく消え去った。「感心させられること(impressiveness)」と「役に立つこと(usefulness)」は、まったく別の軸で測られる別物だと判明したからだ。「わあ、本当にすごいね」という驚きを通り過ぎた後、次に何をすべきなのか? この問いが、このセッションの残り時間ずっと議論の中心であり続けることになった。
問い詰められたKKは、誰もが陥りがちな一番ありがちな反射的反応を示した。
笑いが起きたが、その冗談の底には本質的な教訓が潜んでいる。「役に立つかどうか分からない」という根本的な問題を、マネタイズで解決することはできない。 アナンドの軌道修正は、そのオチよりもずっと穏やかだった――価格設定は後から検討する価値のある現実的な課題だが、今目の前にある問いへの答えにはならない。目の前にあるのは、もっと難しく、より上流にある問いなのだ。
「課題を見つけることは難しい。課題を言語化することは難しい。だが、課題が何であるかさえ分かれば、AIはその解決を手助けしてくれる」
―― アナンド
これこそが、この週全体のテーマをわずか2文に凝縮したものであり、漫画の第3コマに描かれている光景そのものでもある。真の課題(real problem)とラベルの貼られたクエスチョンマークの上に虫眼鏡がかざされ、その隣には真のユーザー(real user)、真の用途(real use)という2つのパズルのピースが置かれている。そしてその脇のゴミ箱には、使われるあてのない、課題意識の欠如した機能の山が投げ捨てられているのだ。「作ること(構築)」はもはやボトルネックではない。だが、「何を作る価値があるのかを知ること」は、依然として最大のボトルネックのままなのだ。
フィードバックを記録し、AIに丸投げせよ
次はヨハン(Johan)が画面共有を行った。アプリがインドネシア語表記であることをあらかじめ断りながら。それは彼もまた両親のために作った株式管理ツールだった。Yahoo Financeから取得したリアルタイム株価、取引履歴のCSVエクスポート、証拠金を自動計算するポジション管理機能、損益分岐点計算機、さらには感情的な衝動買いを防ぐためにいくら貯蓄に回すべきかを案内する「貯蓄プラン」機能まで備えていた。
その中には、作った本人さえ驚かせた機能もあった。
「これは用語辞典なんですが、面白いことに、AIに『僕は株式投資の初心者だ』と伝えただけで、具体的な指示は何も出していないのに勝手にこれを追加してきたんです。これには驚きました」
―― AIコーディングエージェントが指示なしで追加した用語集について語るヨハン
両親の実際のフィードバックは賛否入り混じるものだった。チャートの読み解きや将来予測といった一部の重要機能は、実装されていなかったり中途半端だったりした。彼が使用したモデルが「金融アドバイザーの資格がない」という理由で将来予測の出力を拒否したためだ。その一方で、誰も求めていない機能がインターフェースに居座り、画面を乱雑にしていた。ヨハン自身が「時に混乱を招く」と表現したように――不要なものが多すぎ、必要なものが足りていなかったのだ。
この「作られたもの」と「実際に使われたもの」のギャップこそ、アナンドがこのパートの残り時間を使って掘り下げた論点だった。彼の提示した解決策は2つの要素から成り、どちらも「机に向かって自分でうーんと深く考え直す」という人間の本能的な悪癖を迂回するものだった。
アナンドはこの1つ目のアイデアを、単なる創業者向けのノウハウにとどまらず、今日から新社会人として働き始めるすべての人にとっての「デフォルトの行動様式」であると力説した。
「Straiveに入社するインターン生によく言っていることがあります。『ミーティングに参加したら、録画・録音を取りなさい。そこで自分の頭で一生懸命理解しようとなんてしなくていい。どうせ言われていることの半分も理解できないのだから。 ただその記録を持ってClaudeやChatGPTに渡し、「アプリを作れ」と指示すればいい。それだけだ。その過程で学べることはたくさんある。だが、多くの領域において自分たちがこれらAIシステムよりも物事を知っているなどと思い上がってはいけない。実際、知るわけがないのだから』」
―― アナンド
ヨハンは自然な流れとして、次の質問を投げかけた。自分がその場にいなくてもユーザーが問題を報告できるように、アプリ内にフィードバックフォームを追加すべきだろうか? アナンドの回答は、シーン1のテーマ――「簡単に作れること」と「役に立つこと」は別物である――へと再び立ち返るものだった。
「どんな機能を追加するのも極めて簡単です。フィードバック機能付きのバージョンを作るのも、外したバージョンを作るのも簡単。何をするのも簡単です。だとすれば、できることは何千通りもあります。文字通りAIに『1000個の機能を考えて追加してくれ』と頼むことだってできる。しかし、そのうちのどれが本当に役立つのかが極めて重要な問いになるのです。[…]何を追加すべきかは、実際の利用から得られるフィードバックからしか導き出せません」
―― アナンド
これは漫画の第5コマの内容そのものだ。チャート、通知、ダークモード、ソーシャルログイン、多言語対応といった、簡単に追加できる魅惑的な機能の群れに対して「ストップ」の手を掲げるイラスト。そこには「AIが追加できるからといって1000個もの機能を詰め込むな。実際の利用が引き寄せる(真に求めている)ものだけを追加せよ」というキャプションが添えられている。プロダクト開発における制約要因は、もはやエンジニアリングの工数などではない。「実際の使われ方が何を求めているか」を見極める判断力こそが制約なのだ。そしてその判断力は、コーディングとは異なり、誰かが実際にそのプロダクトを使っている姿をつぶさに観察することからしか得られない。
なぜこのアプリが存在する価値があるのか?
次の志願者に進む前に、アナンドは機能一覧の議論の根底を揺るがす本質的な問いを投げかけた。誰もがブラウザのタブにChatGPTやClaudeを開いているこの時代に、そもそもなぜ専用のアプリを作る必要があるのか?
「いいかい、誰もがChatGPTを持ち、誰もがClaudeを使える。君がアプリケーションを作れるように、彼らだってまったく同じ手軽さでアプリケーションを作れる。では、なぜそもそもアプリケーションが必要なんだろうか?」
―― アナンド
彼はヨハンの作った領域を例に、具体的に語った。ClaudeやChatGPTに直接「次に何を取引すべき?」と尋ねるだけで済むとしたらどうだろう? どこかのスプレッドシートにポートフォリオの記録を付けさせ、関連すると思われる市場データを勝手に取ってこさせればいい。アプリなど一切不要だ。
「私たちは特定の機能に特化した専用ソフトウェアを使うことに慣れすぎていて、今や大半のソフトウェアの仕事を代替できる汎用ソフトウェア――ClaudeやChatGPTなどの少数の存在――が手元にあることを忘れがちです。ニュースの要約が欲しければ、ChatGPTに行って『ニュースを要約して』と言えば、同じ要約を返してくれます。なぜそのためにわざわざアプリが必要なんでしょう? これはアプリを作ってはいけないと言っているのではなく、同様の能力がすでに他所で手に入るのだから、なぜ『この』アプリが他と違っていて有用なのかを考え抜かなければならない、ということなのです」
―― アナンド
これはセッション中で最も鋭い視点の転換(リフレーミング)であり、KKのニュースアプリ、ヨハンの株価トラッカー、そしてこの先教室の全員が今週作るであろうあらゆるアプリを、たったひとつの試金石にかけるものだった。漫画の第6コマでは、これが左右の対比として描かれている。左側には専用アプリの強み――厳選された情報、洗練されたビジュアル、単一のニッチ領域への特化。右側には、すでに何でも要約し、分析し、比較し、対話できる汎用AIアシスタント。その下に添えられたキャプションは、妥協を許さない。「単なる複製ではなく、差別化せよ」
2つの言語で見る、コーチの視点
最後の志願者は、アナンドがまだ名前を把握していなかった学生だった(ミーティング画面には学生IDしか表示されていなかった)。彼はそのまま画面を共有した。イングランド・プレミアリーグの2025–26シーズンにおけるシュート位置のマップだ。全20チーム、全選手のデータが、どの位置からのシュートがどれくらいの確率でゴールに結びついたかとともにプロットされていた。
彼は日本語で発表を始め、留学生に同行していた東京都市大学の客員教授、宿貴之(Takayuki Shuku)氏が通訳を務めた。
「僕はこのサイトを作りました。プレミアリーグ(2025–26シーズン、全20チーム、全選手)におけるシュート位置とゴールの確率の関係を示しています」
アナンドの反応は即座かつ具体的だった。コーチならこれを心から役立つと感じるはずだ。 だが、自分の次の発言を誰かに通訳してもらうのを待つ代わりに、彼は教室の誰も見たことのない試みに打って出た。ChatGPTの音声モードを起動し、リアルタイムに通訳させたのだ。
「個人的に紹介できる本物のコーチはいません。でも実際に試すなら、サッカーやバスケのコーチ、学校の部活の指導者、パーソナルトレーナー、あるいはスポーツアナリストなどが適任だと思います」
この瞬間がいかに異様なものであったかは、文面だけでは見落とされがちだ。生講義の真っ只中に、台本もない音声AI通訳が、プロダクトへのフィードバックに関する講師のアドバイスをリアルタイムに異言語へと翻訳していく――人間が通訳するのを待つよりもその方が速いから、という理由で。受講生たちが学びに来ていたはずのそのツールが、講義そのものを静かに回し始めた瞬間だった。
宿教授が割って入り、航成が実際に作ったものと、それが誰のためのものなのかを明確にした。
アナンドの最後の提案は、このやり取りをこの日のメインテーマへと結びつけた。「成果物(Artifact)」から「プロダクト(製品)」への移行とは、コードの変更ではなく、視点の変更なのだ。
「頭の中でコーチの帽子をかぶってみるのです。『自分ならこれをどう使うか?』と考え、具体的な提案をしてみる。『チームに数人の選手を加えよう』『この選手たちにはここからプレーさせよう』『この選手はあるエリアで強みを発揮するから、そちらサイドにパスを集めよう』といったように。言い換えれば、それが実用的な価値を持ち始めたときこそが、プロダクトへと変貌する瞬間なのです」
―― アナンド
AIにAIをレビューさせる
セッションが終わりに近づいた頃、KKがひとつの質問を投げかけた。「なぜこのアプリが存在するのか?」という議論以来、ずっと頭の中で温めていた疑問であることは明白だった。
「ちょっと待ってください、ひとつ思いついたんですが……さっきAIとおっしゃいましたよね? このアプリをChatGPTか何かに渡して、そのAIに評価してもらうことってできますか?」
―― KK
アナンドの回答は完全な「YES」だった。そしてすぐさま、その評価を真に実用的なものにするためのテクニックを伝授した。漠然とした感想を求めるのではなく、「独自の視点(ペルソナ)」を割り当てることだ。
「もちろん! それに、異なるペルソナ(役割)を演じさせることだってできますよ。たとえばこう指示するんです。『サッカーのコーチとして振る舞って、このアプリをレビューしてくれ』『熱狂的なサッカーファンとしてレビューしてくれ』と。さらに『他にどんなペルソナが考えられるか?』と尋ねてみるのもいい。するとAIは『メディア企業やスポーツ専門チャンネルの立場はどうでしょう』と答えて、スポーツチャンネルの視点でレビューしてくれるかもしれない。アンケート調査のようなことだって、ビジネス戦略の立案だってさせられます」
―― アナンド
彼は過剰な期待を抱かせることもしなかった。能力の低いモデルではペルソナになりきる精度が甘く「不正確だったりイマイチだったりするかもしれない」と指摘した――「より賢いモデルのほうがうまくこなすでしょう。クレジットに余裕があるなら、AstraやFableあたりが最高の仕事をしてくれるはずです」。だが、たとえ完璧でないペルソナレビューであっても、まったくレビューされないよりは遥かにマシだ。そしてそれは、生身の人間を置き換えるものではない。
「完璧ではないかもしれません。だからこそ人間のフィードバックが重要になります。それでも、AIはこの手のレビューにおいても極めて優れた力を発揮してくれます」
―― アナンド
これは、シーン3の「なぜこのアプリが存在するのか?」という問いと見事な円環を描いて結びつく。汎用AIがすでにあなたのアプリと同じ仕事を行えるのなら、別の帽子をかぶせることで、あなたのアプリの仕事を批評することだってできるのだ。専用アプリの存在意義を脅かすその同じ能力が、教室の誰もが即座に揃えられる「史上もっとも安価な品質評価(QA)パネル」にもなるのである。
火曜日から水曜日への宿題
アナンドは、次のチェックポイントで確認したい事項を正確に挙げてセッションを締めくくった。そして注目すべきは、その中に「機能をもっと増やせ」という項目がひとつも含まれていなかったことだ。
- アプリをさらに数人に見せること。そして今回は、後からフィードバックを思い出そうとするのではなく、録画・録音(可能なら動画)を残すこと。
- エージェントに通常と異なる指示や追加の指示を出さざるを得なかった場面、およびその理由について報告すること。
- 特に「失敗」について報告すること。完成したものだけでなく、何がうまくいかず、何を諦めたり作り直したりせざるを得なかったのかを報告すること。
- 水曜日の必須チェックポイントの核となる転換(ピボット)に向けて準備してくること:「アプリが正しく動いているとどうやって知るのか? どうやって検証するのか? どうやって役立つものにするのか? どうやってデプロイを進めるのか? どうやって共有するのか? どうやって保護するのか?」
それまでの質問は [email protected] へ送ってほしいとアナンドは伝えた。学生たちが英語や日本語で一人また一人と退室していく中、チャット欄にそのアドレスが投じられた。